医師が手渡してきたのは一枚の紙切れとシルバーのカギだった。 これは何だと質問する前に医師が先手を打つ。 「陸君の今の住所と部屋の鍵だよ。もう必要ないだろうから。君に渡しておくよ。」 陸の部屋…。 天は空白の2年間について大まかなことしか知らない。百があまり多くを語らなかったのはいいことばかりではないからだろう。 「陸君とはどんな話をしたんだい?」 自分の世界に入り込んでいた意識が一瞬にして引き戻された。 「…たわいもない話ですよ。」 「そうかい?昨日はあのフロアで話題だったけど。」 「・・・」 「僕は君が羨ましいよ。2年かけて全く動かなかった扉をあっさり開けたと思ったら、そこに入り込んでいくんだからね」 兄弟だからではない。天だからこそ陸の世界に入り込めたのだ。久しぶりに見た陸の姿にショックを受けなかったと言えばそれは嘘である。今にも消えてしまいそうな陸をみて慌てて手をとった。 「…ボクにとって陸は特別ですから。」 一言だけ言い残すと天は一礼し診察室を後にする。扉を開くとそこには楽の姿があった。 「ここは陸の病室じゃないよ。」 「んなこと分かってる。二階堂のために俺を呼んだんだろ?」 「分かってるなら早く行きなよ。ボクはこれから行くところがあるから。」 「こんなに日が高いうちから呑めるかよ。どこに行くんだ?付き合ってやるよ」 車のキーを片手にちらつかせながら偉そうに誘ってくるのは自分のスケジュールが知られているからだろう。当然と言えば当然なのだが同じグループで働いている以上、仕事に関する情報は筒抜けだ。ため息をつきながら天は楽の後を追う。どこへ行くのかという問いに答えていないにもかかわらず、車を目指す彼とのこの距離感がとても心地よい。決してそれを本人に伝えることはないが今だけ天は小さく呟いた。 「…ありがとう。楽」
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